超音波振動援用二次元切削の切削挙動の解明


超音波加工現象は,超音波帯域(ここでは,28kHz)で微小振動振幅(ここでは,15μm)で繰り返される.
従って,加工現象を撮影することは,一般的な高速度カメラでの撮影では困難である.
そこで,本研究では特殊な光源を開発して,一般的な光学顕微鏡で超音波加工現象を撮影する.
ここでは,アルミ合金に対して切り込み深さ35μm,切削速度30mm/minでの二次元切削現象を撮影した.


切りくずの排出状態が大きく変化しており,せん断角は超音波援用することで15°から25°になった.
今後は,様々な被削材や工具形状を試験して,超音波加工の現象を明らかにする.

さらに、光弾性応力測定に基づいた高速撮影装置(撮影協力:株式会社フォトロン)により、超音波切削加工中のアクリルの内部応力を撮影した。


超音波振動援用加工(左図)では、切れ刃が被削材に接触した瞬間に加工応力が剪断面から先に延びている。
また、切れ刃が被削材から逃げるときには、逃げ面が被加工面と擦れて、被削材送り方向に応力が発生している。
これらの応力は、限定された領域に限られている。
一方、慣用加工(右図)では、加工点から広い範囲に渡って強い応力が発生しており、いかに無駄なエネルギが加工に費やされているかが明確です。

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目次

1.序論

2.振動切削論

3.実験装置

4.撮影法

5.撮影結果

6.切削実験結果

7.結論

 

1.序論

今日,仕上げ工程の時間短縮・高効率化のために,超音波振動をツールあるいはワークに付加して切削・研削加工する超音波振動援用加工が行われている.

超音波振動を付加することによって,加工抵抗の低減,切屑の微細化,工具寿命の延長,表面粗さ向上など,多くの良好な結果事例が報告されている.また,超音波振動援用加工に関して,切り屑生成過程や工具振幅の観察,精密加工実験等の研究も報告され,良好な結果を示している.しかし,超音波振動は周波数数十kHzの非常に高速な現象であるため,実際に超音波援用加工中に加工域の状況を撮影,観察している報告はなく,加工理論と実際の加工現象との比較が不十分である.

そこで本研究では, 加工現象の新たな撮影法として,加工中の超音波振動と同期する照明を用いた撮影法を提案する. 非回転工具を用いた超音波振動援用二次元切削を行うと同時に切削現象の可視化を試みた. また,その結果より切削パラメータが切削挙動に及ぼす影響に関して調査を行う. 同時に被切削面の元素分析,残留応力,表面粗さおよび加工中の切削抵抗や切屑生成過程の観察により, 慣用切削と比較した超音波振動援用切削の特徴を解明する.切削実験では汎用の切削チップを工具とし,NCフライス盤に取り付けた60kHz超音波振動切削ユニットUL60-150(滑x将 駆動周波数60kHz,振動振幅0.86 µm,縦振動) により二次元切削を行い,作成した撮影システムを用いて加工中の加工領域の撮影を行う. これらの実験結果より加工現象を解析する事が本研究の最終目的である.

 

 

2.振動切削論

超音波振動援用切削とは,工作物に規則的なパルス状 の力を作用させるために工具もしくは工作物を強制的に振動させながら切削を行う加工法である.超音波振動援用切削は 2-1のように振動の方向により,送り方向振動切削,背分力方向振動切削, 主分力方向振動切削に大別される.@の送り方向振動切削は刃先鋭利化効果,平均切削抵抗軽減効果等の長所を持つが, 一方で刃先と工作物との間の摩擦によるの工具の極端な低寿命化,溝などの加工において加工精度の低下などの短所を持つ. これらの短所のため,フライス加工,研削加工等の特殊な場合に用いられる.Aの背分力方向振動切削は連続した切り粉が 得られる,平均切削抵抗低減効果等の長所を持つ.しかし振動方向より,振動1周期毎に逃げ面が被加工物表面に押し付けられる.これにより刃先のチッピングが 起こる.工具のすくい角を,振幅を,振動周波数をとし,切削速度

を満たす切削速度では逃げ面は作用せず慣用切削と同様にすくい面のみが作用するが振動切削の効果が減少してしまう.この様な短所の為,一般的にはドリル加工以外には用いられない.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


本研究で用いられる 切削方法はBの主分力方向振動切削である.最も一般的な振動切削法であり一般に振動切削と呼ばれるのは本手法である. 超音波振動切削には以下の特徴が挙げられる.

1)印加する超音波振動周波数が, 工具−工作物−工作機械系の固有振動数よりはるかに大きいことにより,工作物−工作機械系に見かけ上伝わる 振動が遮断される不感性振動切削機構による平均切削力の減少

2)平均切削力が減少し工作物の時間的変動が減少する. これによる加工精度向上効果

3)振動で発生する断続的な工具すくい面と切り屑間の 隙間により加工液供給が促進される.これによる潤滑・冷却・切り屑排出効果の向上,すくい面磨耗低減による工具の 高寿命化

 

その他の長所として,加工ひずみ・バリ抑制効果,耐食性向上効果なども 報告されている1)

 

超音波援用二次元切削中の刃先の挙動を考えるために,図2-2の二次元切削モデルを考える.ここで,O:座標系の原点,:工具の変位,:超音波振動の片振幅,:超音波振動の周波数,:切削速度 m/sである.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


工具が原点Oより振動を開始し,切削方向に工作物が切削速度  で送られるとする.この時の工具の変位

                                                                                     ・・・(1)

工具の速度

                                                                                  ・・・(2)

ここで,工具が後退し工具すくい面が切り屑から離れる瞬間におけるバイトの後退時の振動速度は切削速度と等しくなる.この時の時間を  とすると,

                                                                               ・・・(3)

これよりの場合には解が存在しない. これは工具すくい面と切り屑が常時接触状態にあることを示し,慣用切削機構となる.この臨界時における切削速度を 臨界切削速度vcと呼ぶ.切削速度の変化による工具軌跡の概要図を図2-3に示す.縦軸は工具と工作物の相対変位を示す.図(a)は切削速度が臨界切削速度vc以上の場合で,工具の相対変位は増加し続ける. つまり工具は工作物から分離することなく連続して切削を行う.一方の図(b)は振動変位が送りの変位に重畳されることにより 相対変位が減少する時間が発生する.この間工具と工作物は分離し切削は行われない.

                                                                               ・・・(4)

次に振動一周期中の実切削時間tcを求める.工具が原点Oから振動を開始し工作物と接触,切削を終了し工作物から離れる時刻t1は式(3)で与えられる.時間t1で工具から離れた工作物は速度vで切削方向に進行する.この時の工作物の変位は

                                                                     ・・・(5)

再び工具が前進を開始し 工作物と接触する時間をt2とすると

                                                        ・・・(6)

とすると式(2.3)より

                                               ・・・(7)

(6)より

                                                         ・・・(8)

したがって

     ・・・(9)

(9)により  に対する  の値を求めることができる.実切削時間tcの振動一周期に対する割合

                                                                                   ・・・(10)

により求められる.この値が1に近付くほど振動切削の特徴のひとつである平均切削力の減少作用が少なくなり, 慣用切削に近付く.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


3.実験装置

概要を図3-1に示す.図中A部が切削工具端面であり,切削方向である図中左右方向に振動する.B部は試験片端面であり,図中左から右方向へと送られ切削を行う.切削により発生した切り屑Cは,試験片より上方向に排出される.工具切れ刃と切削方向は直行しており,試験片の厚み方向の変化はないと仮定し二次元切削とした.撮影は切削工具端面の垂直方向から行うこととなる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


撮影部分の概要を図3-2に示す.実際にはNC工作機のコラムに試験片を取り付け,テーブル上に設置した切削ユニットを用いて切削を行う.撮影時には撮影画像の切削方向は工作機のZ方向となる.切削実験に用いる切削工具の概要を図3-3に示す.使用する切削工具は市販の汎用菱形旋削チップであるが,旋削において使用する工具先端を一方の切れ刃と垂直な面となるよう放電加工と研削によって加工して用いる.A部の切削工具端面とB部の試験片端面は同一平面上に位置するよう配置し,工具端面の垂直方向から撮影する.また,切削幅は試験片厚さとなる.実際の位置関係を図3-4に示す.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図中の座標系は,送り装置として利用するフライス盤の座標系と等しく,Y軸方向の変位により切削実験中の切込みを与え,Z軸方向の送りが切削送りとなる.切削ユニットと高速度カメラは工作機テーブル上に設置されているため二つの間の相対位置は変化せず,工具切れ刃近傍を撮影し続ける.試験片は動力計を介して工作機に取り付けられ,撮影と同時に切削抵抗も測定される.実験装置を図3-5に示す.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4.撮影法

カメラの性能として,シャッタースピードは最速で4µsecである.工具が60kHzで振動する場合,図4-1に示すように,振動周期16.7µsecに対しシャッタースピードは4µsecであり振動周期の約1/4となる.よって撮影される画像はシャッター開放中の画像の重ね合せとして得られる.このため工具が静止状態に近い鮮明な画像を撮影することができない.更に,カメラ性能の限界により,60kHzの超音波振動一周期毎に撮影を行う場合,フレームレートが60,000fpsと高速となるため撮影解像度が256×64ピクセルと非常に低く,画像の認識が困難となる.フレームレートを下げて解像度を得る場合,振動一周期中のどの瞬間で撮影されたのかを知ることができない.画像を解析して撮影位相を推定する場合でも,振動一周期中に工具の変位が等しくなる瞬間が,停止状態となる2点を除いて各点で2回存在するため,正確に知るのは困難である.またシャッタースピードが高速であるため,撮影に必要な光エネルギを得るために大光量の光源が必要となる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


上記のような問題を解決するために振動に同期した照明を用いた撮影法を提案する.通常の撮影では光源は常に発光しており,シャッターを開くことにより露光を行う.ここで提案する撮影法は光源を短時間だけ発光させることで画像を得るストロボ撮影の一種である.撮影法の概要を図4-2に示す.シャッタースピードは1/フレームレートとし,シャッター開放中に振動のある一定の位相で繰り返し照明を発光させる.振動の繰り返しに再現性があれば,得られる画像は振動周期中の一定位相における画像の重ね合わせとして,仮想的に静止画像として得られる.また,振動に対する照明発光のタイミングを変化させることにより任意位相での画像を得ることが可能である.この方法の長所として以下のような項目が挙げられる

    仮想的に工具を静止させた状態で撮影が可能

    振動中の任意位相での撮影が可能

    顕微鏡を用いた目視での観察も可能

    レーザー照明に比べ安価

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


回路設計

振動に同期させ照明を発光させるための制御回路を作製する.照明の概要を図4-3に示す.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


本研究で用いる超音波振動切削ユニットの駆動周波数は振動子の駆動電流により検出している.検出された電流は電流-電圧変換した後コンパレータによりあるしきい値を基準としたTTL信号に変換され,これをカウントすることで振動周波数の測定を行っている.照明はこのTTL信号を毎周期ごと検出し位相をずらし発光させる.照明を任意位相,任意時間だけ発光させるために,切削ユニットの駆動周波数測定のためのTTL信号に対して位相とパルス幅を調整した信号を生成する必要がある.この信号の生成のためにワンチップマイコンであるPICマイコンを用いた.


5.撮影結果

 

製作した照明装置を用いて撮影試験を行う.切削条件を表5-1に,撮影条件を表5-2に示す.また,連続光による撮影に用いた照明の仕様を表5-3に示す.

Table 5-1 Cutting conditions

Work material

A1100

Feed rate

100mm/min

Cutting depth

50µm

Cutting width

2mm

Vibration amplitude

6µm

Vibration frequency

60kHz

 

Table 5-2 Picturing conditions

Frame rate

4000fps

Solution

256×256

Shutter speed

1/fps, 4µsec

Lens magnification

500

Picturing field

400×400µm

 

Table 5-3 Specification of continuous emission light

Corporation

HIROX co.,ltd

Device No.

KMH-24

Power Consumption

350W

Light source

Metal halide lamp

Color temperature

5460K

 

連続光による撮影時はメタルハライドランプを照明とし,シャッタースピードを高速度カメラの最速値である4µsecとして撮影を行った.図5-1に通常撮影と作製した照明を用いて得られた画像を示す.(a)が連続光を用いた画像,(b)が製作した照明を用いた画像である.(a)では振動によりに工具画像が振動中の各位相の重ね合わせとして得られるため鮮明でないのに対して(b)では工具端面が非常に鮮明に撮影されており,静止状態のように見える.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


次に超音波振動1周期中の大まかな撮影位相を図5-2に,連続光による振動中の位相の異なる画像を図5-3に示す.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図中の画像は識別を容易にするために,工具端面を赤に,試験片を青に,切り屑を黄に着色してある.図(a)が工具すくい面と切り屑が接触した瞬間(5-2中での位相c付近)の物,図(b)が工具最後退位置(5-2中での位相c付近)での物,図(c)がその中間(5-2中での位相aもしくはe付近)での画像となっている.図(a)(b)については工具速度が低くであり静止状態に近いため比較的鮮明な画像が撮影されている.しかし一方で図(a)(b)の中間の状態である(c)では工具が高速で移動しているため鮮明でない.

次にストロボを用い,撮影位相を変化させた画像を図5-4に示す.図番はそれぞれ撮影位相を示し,図5-2の位相にそれぞれ対応している.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fig.5-4 Pictures in phase that indicated in Fig.5-2

 

 

 


撮影の位相をずらすことにより切削工具の位置が変化していることがわかる.また,工具最後退位置における工具すくい面と切り屑の間の距離は超音波振動の両振幅である12µmに等しいことが分かる(5-5)

 

以上の撮影結果より提案した撮影法は超音波振動援用切削の観察に有効である.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


6.切削実験結果

本章では,各実験の目的,および実験条件,その結果などについて述べる.

1. 振動振幅を変化させた切削実験

本節では超音波振動援用の有無と振動振幅について実験を行う.表6-1

に前加工条件を,表6-2に切削条件を示す.試験片切削面は取り付け時に工具切れ刃と平行でないため,表中の切削条件で全面が切削されるまで前加工を行う.これは切削面と工具切れ刃の平行を保障し,切削面の残留応力が等しい条件で実験を行うためである.また,長谷川ら1),2)の研究により,純アルミニウムの二次元切削において乾式切削を行うと過切削現象が起こり,流れ型の切り屑が発生しないことが示されている.そこで本実験中はA1100については切削毎に試験片表面と工具すくい面に切削油を塗布して実験を行う.また,A1100の切削抵抗と残留応力は切削シミュレーションソフトウェアAdvantEdgetm(Third Wave Systems, Inc.)を用いた解析結果と比較を行う.切削実験後にX線回折装置 (XRD) を用い切削方向における残留応力の測定を行う.

Table 6-1 Premachining condition

Work material

A1100NAK80

Feed rate

100mm/min

Ultrasonic vibration

60kHz / 4µm

Cutting depth

5µm

Table 6-2 Cutting condition

Work material

A1100NAK80

Feed rate

100mm/min

Ultrasonic vibration frequency

60kHz

Vibration amplitude

0, 0.8, 2, 4, 6µm

Cutting depth

20µm

 

6-1A1100の切削中の平均切削抵抗を示す.A1100においては超音波振動の印加により急激に切削抵抗が減少する.これは振動切削論より説明できる.切削速度と工具振動の最大速度の比が切削ユニットの最小振幅であるの場合でも180と大きいため,振動1周期中に工具すくい面と切り屑が接触し切削を行う実切削時間は短い時間となる.振動周期に対する振動1周期中の切削時間tcの比は,切削論で述べた式3と式9を用いて計算すると振幅においてとなる.隈部の振動切削論3)は,工作物の変位xは工作物の固有振動数fnが工具の振動数fに対してffn3の場合,切削力の瞬時値Pcと工作物のばね定数kを用いてとなることを示した.したがって動力計により測定される切削抵抗は動力計の固有振動数が工具の超音波振動に比べ低いため,瞬間的な切削抵抗ではなく平均の切削抵抗となる.このため,振動周期に対する実切削時間の比が減少することにより,平均切削抵抗は減少する.同振動切削論によると慣用切削の1/24以下となるが逃げ面におけるの摩擦等により約1/14となっている.また,振動振幅の増加により実切削時間は減少することなり,切削抵抗も減少することとなる.振幅における切削時間比はとなり慣用切削の1/53となるが実際は1/20程度である.しかし主分力は振幅の増加と共に減少している.近藤ら4),5)の研究により,切れ刃に丸みを持つ工具は工具逃げ面において摩擦力と切れ刃の丸みで被削材表面を押し込む力の和であるバニシング力が発生することが示されている.超音波を援用した場合の主分力,背分力共に理論値以上の値となる原因はこのバニシング力であると考えられる.特に背分力は振幅の増加にともなう減少が見られないことからその成分の大部分がこのバニシング力であると考えられる.6-2NAK80の切削抵抗を示す.A1100の場合と異なり,超音波振動の援用による明確な差異は見られないが,超音波振動を援用しない慣用切削では切り屑が全く発生せず,試験片表面を擦っているのみであった.これは工具の剛性が切削抵抗に対して低く,切削工具が試験片に対して逃げるためである.実際に切削が行われた振動振幅  での切削面(図6-3(a))と切削不可能であった慣用切削での切削面(図6-3(b))を比較する.超音波振動援用時は切削面全面で金属光沢を失った前加工と同様の表面となっている.一方の慣用切削面では図中下側に切削が行われず擦っただけの金属光沢のある面が見られ,工具が接触していない上側では前加工での超音波援用切削面がそのまま残っている.これは切削工具が工具ホルダ中心に位置していないため,工具はホルダの曲げと捻りにより逃げる.捻りによる逃げにより工具切れ刃の切削面に対する角度が変化したためこのような片当りとなったと考えられる.NAK80の切削抵抗において,A1100のような一般的な振動切削の特徴は現れなかった.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次にA1100の残留応力測定結果を図6-4に,NAK80の測定結果を図6-5に示す.測定値は切削面中2mm×10mmの平均値を示した.前加工終了の段階での残留応力はA1100-29.3MPaNAK80-317MPaである.A1100は慣用切削の場合残留応力はほとんど発生しないが,振幅の増加に伴い圧縮の残留応力が発生する.これは超音波振動の援用により非常に短い時間での切削を繰り返すため工作物に作用する力が切れ刃近傍に集中し,結果として工作物表面に変質層が集中するためであると考えられる.慣用切削では切削時に工作物の広範囲に加工ひずみを与えてしまうため工作物表面を押し潰してしまいより大きな残留応力となると考えられる.NAK80の場合,全条件で圧縮の残留応力を生じ,振幅a=4µm.において本研究におけるNAK80の最大圧縮残留応力371MPaとなった.しかし,超音波振動を援用しない場合は切削が行われないため,前加工による残留応力が測定されたと考えられる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Table 6-4 Cutting simulation condition

Work material

A1100

Cutting tool material

Hard metal

Nose radius

20µm

Feed rate

6000mm/min

Vibration frequency

10kHz

Vibration amplitude

0, 2, 5, 8µm

Cutting depth

20µm

 

次に切削シミュレーションソフトウェアAdvantEdgetmを用いた解析について考える.解析はA1100についてのみ行った.ソフトウェアの制限により,実際の切削条件を一致させた解析が不可能である.従って解析においては超音波振動援用切削の特徴や加工条件が結果に及ぼす影響を定性的に示すため異なる条件で解析を行った.解析の条件を表6-4に示す.図6-6に切削抵抗の解析結果を,図6-7に残留応力の解析結果を示す.慣用切削の解析結果より求めた切削力の計算値も同時に示した.切削力は切削速度に依存せず,振動切削論3)に基づき実切削時間比tc/Tに比例し,tc/T = 1において慣用切削での切削力と等しくなると仮定し算出した.切削論で述べた式3と式9より実切削時間比tc/Tを算出し,振幅a = 0での解析結果を慣用切削での切削力として用いた.切削力は計算値よりも小さな値であるが,実験結果と同様に振動切削論3)に一致した傾向を示した.すなわち,振幅の増加により実切削時間比tc/Tが低下し切削力も減少する.残留応力は実験結果と異なり,振幅の増加に伴い残留応力が上昇する傾向を示した.しかし解析を行った振動条件では圧縮の残留応力を示すことを示した.

 

2. 切込深さを変化させた切削実験

本節では切込深さについて実験を行う.表6-5に切削条件を示す.前節での実験と同様の前加工を行った後に実験を行う.本実験はA1100に対してのみ行う.NAK80の切削実験では切込量を増加させた場合切削ユニットが停止するため実験不可能であった.

6-8に超音波振動の有無における各切込量での主分力を,図6-9に背分力を示す.超音波振動の援用により主分力,背分力共に大きく減少し,主分力は平均で1/15,背分力は平均で1/18となっている.切込量5µmでは超音波振動を援用しない慣用切削では切り屑が発生せず,試験片表面を擦るのみであった.また,切込30µm以上の慣用切削では前節で述べた過切削現象1),2)が起き,むしれた面となっている.これは大きな切削抵抗によってすくい面の油膜が切れ,切り屑の生成が妨げられたためである.超音波振動を援用した場合は切削抵抗の減少によりこの現象は見られず,工具痕がはっきりと分かる表面となっている.これは超音波振動の援用により切込量一定で,切れ刃方向の工具変位を起こさず切削可能であることを示し母性原理に従う加工であることを示す.従って,より切れ刃上の凹凸の無い切削工具を用いることで表面粗さは改善できる.切込量50µmでの慣用切削と超音波振動切削による切り屑を図6-10に示す.超音波を援用した場合は一定の厚みの切り屑が生成されるのに対して慣用切削では一定の厚みの切り屑は生成されていない.慣用切削で生じた過切削面と超音波振動切削した面を図6-11に示す.慣用切削では切削面上のむしれが定期的に起きている事が分かる.切込量50µmにおいてこのむしれの間隔は約0.7mmであった.切込量50µmでの超音波振動切削中の切削抵抗を図6-12に,慣用切削中の切削抵抗を図6-13に示す.超音波振動切削の場合は切削初期に切削力が変動しているが,切削が進行するにつれ一定となっている.一方慣用切削では切削の進行に伴い徐々に抵抗が増加している.これは過切削が原因である.また,切削中に約0.4秒の周期でピークが発生している.これは切削距離0.67mmに相当し,切削面観察によるむしれの発生間隔と良く一致する.

Table 6-5 Cutting condition

Work material

A1100

Feed rate

100mm/min

Ultrasonic vibration frequency

60kHz

Vibration amplitude

4µm

Cutting depth

5, 10, 20, 30, 50µm

 

6-14に残留応力の測定結果を示す.慣用切削では全切込量において超音波振動を援用した場合よりも大きな値となり,引っ張りの残留応力となる場合もある.ここで切込深さ5µmの場合には他の切込量に比べ大きな圧縮の残留応力となっている.これは前加工面の残留応力であると考えられる.切削抵抗により工具が逃げる結果,切込が不充分となり切削が行われず表面を擦るのみとなるため前加工面の残留応力が測定されたと考えられる.超音波振動を援用した場合は一様に圧縮の残留応力となっており,切込量30µmにおいて本研究でのA1100の最大圧縮残留応力39.7MPaとなった.切込量の増加に伴い圧縮の残留応力が増加する傾向にあるが,切込深さとの明確な関係は見られなかった.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3. 切削速度を変化させた切削実験

本節では切削速度について実験を行う.表6-6に切削条件を示す.全条件で超音波振動を援用して行い,前節と同様の前加工を行う.

Table 6-6 Cutting condition

Work material

A1100NAK80

Feed rate

50, 100, 200, 500, 1000, 2000,3000 mm/min

Ultrasonic vibration frequency

60kHz

Vibration amplitude

4µm

Cutting depth

20µm

 

6-15A1100の切削抵抗を,図6-16NAK80の切削抵抗を示す.A1100においては切削速度の増加により振動速度との比が減少するため平均切削抵抗は増加する傾向にある.計算によると切削速度50mm/minでの実切削時間の割合は切削速度3000mm/minでは以上の値から3000mm/minでの切削抵抗は50mm/minの約8倍となるはずであるが,前述したバニシング抵抗を含んでいるため主分力で4倍,配分力で2倍程度となる.NAK80の実験結果ではA1100のように切削速度の増加に伴い切削抵抗が増加することなく,一定となる.4.6.1節での振幅を変化させた時の切削抵抗変化と同様に実切削時間比tc/Tの減少により平均切削抵抗が減少する振動切削理論に全く一致しない.

次にA1100NAK80の残留応力を図6-17と図6-18にそれぞれ示す.A1100では切削速度が増加し,慣用切削に近付くと共に圧縮の残留応力が低下する.一方NAK80においては切削速度と残留応力の間に明確な関係は見られなかった.

次に図6-19に切削抵抗の解析結果を,図6-20に残留応力の解析結果を示す.慣用切削の解析結果より求めた実切削時間比tc/Tに対する切削力の計算値も図6-21中に示した.解析の条件を表6-7に示す.前節での解析結果と同じく切削速度が増加する,すなわち実切削時間比tc/Tの増加に伴い切削抵抗が増加する.これは実験結果と同様の傾向であり振動切削論3)に一致した傾向である.残留応力は実験結果とは逆の傾向を示し,tc/Tが増加し慣用切削に近付く程圧縮応力が増加している.

Table 6-7 Cutting simulation condition

Work material

A1100

Cutting tool material

Hard metal

Nose radius

20µm

Feed rate

6000, 12000, 24000mm/min

Ultrasonic vibration frequency

10kHz

Vibration amplitude

8µm

Cutting depth

50µm

 

7.結論

本研究では超音波振動援用二次元切削の可視化の為の撮影手法を提案し,ストロボ照明装置を製作し,撮影試験より以下の結論を得た.

  1. 作製したストロボ照明装置において振動1周期中の最短発光時間0.6µsec,振動に対する発光位相調整0.6µsec刻みを実現した.
  2. 撮影試験により周波数60kHzの超音波を援用した二次元切削において工具が仮想的に静止した状態での撮影が可能であることを確認し,提案した撮影法が有効であることを示した.

 

純アルミニウムA1100とプラスチック金型用鋼NAK80の超音波援用二次元切削試験と切削シミュレーション・ソフトウェアAdvantEdgetmによる有限要素解析を行い以下の結論を得た.

  1. A1100NAK80双方において超音波振動援用切削では切削面に圧縮の残留応力が生じる.その最大値はA1100では切削速度v = 100mm/min,振動振幅a = 4µm,切込量30µmの切削条件における39.7MPaであり,NAK80では切削速度v = 100mm/min,振動振幅a = 4µm,切込量20µmの切削条件における371MPaであった.
  2. A1100の切削抵抗は振動切削論に一致する傾向を示すが,理論的な計算値よりも大きな値を示す.これは工具逃げ面におけるバニシング抵抗が原因だと考えられる.また,NAK80の切削抵抗は振動切削理論との一致は無かった.
  3. A1100の切削実験より,超音波振動の援用により純アルミニウムの切削中に起きる過切削現象を防止可能であり,慣用切削では得られない一定の厚みの切り屑が得られる.

A1100の有限要素解析による切削抵抗の解析結果は振動振幅と切削速度に対して振動切削論,実験結果と一致する傾向を示したが,残留応力の解析結果は実験結果とは逆の傾向を示した.

 

 

参考文献

1)      長谷川 嘉雄,花崎 伸作,鈴木 康夫,アルミニウムの二次元切削に関する研究 −切削力の変動について−,精密機械,414 (1975)379-384

2)      長谷川 嘉雄,花崎 伸作,鈴木 康夫,アルミニウムの二次元切削に関する研究 −過切削現象のある場合の切削機構−,精密機械,416 (1975)565-571

3)      隈部 淳一郎,精密加工振動切削〜基礎と応用〜,1979,実用出版株式会社,53-77

4)      近藤 英二,向井原 崇他,丸みのある切れ刃に作用する切削抵抗 (1報,切削抵抗に関する基礎的な検討),日本機械学会論文集 (C)66 651 (2000)236-241

5)      近藤 英二,引地 良弘他,二次元切削における切れ刃の丸みが加工硬化層に及ぼす影響,精密工学会学術講演会講演論文集,Vol. 2005S (2005)370